太陽系創世(ニビルとティアマト)、人類創造、神、宇宙人

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ゼガリア・シッチン著 謎の惑星「二ビル」と火星超文明惑星ニビルは、太陽系に存在するとされた仮説上の太陽系第12惑星、あるいは惑星質量天体です。太陽系から8.6光年離れたシリウスと、太陽を焦点とする非常に細長い楕円軌道の惑星ニビル(マルドゥク)。その周期は地球年の3,600年。

ニビルとティアマトについて、考古学者ゼカリア・シッチン (Zecharia Sitchin) らがバビロニア神話の遺跡の文言を解読して提唱した説を記載しておきます。

数十億年前、太陽系の惑星であったティアマトとぶつかり、ティアマトは真っ二つに引き裂かれ、その一つが金星と火星の間の軌道に飛ばされた現在の地球。もう半分は、粉々に打ち砕かれ、火星と木星の間にある小惑星帯(アステロイドベルト)。

惑星ニビルに住んでいた知的生命体をネフィルム(創世記ではエロヒム)と言います。

 『宇宙からの神々』による人類創成史
44万5000年前 アヌンナキがエンキ(エア)に導かれ、第12惑星より地球に降り立った。エリドゥ8(地球第一基地)が南メソポタミアに建築される。
43万年前  大きな氷の広がりが小さくなり始める。近東の地域では良い気候が続いた。 
41万5000年前 エンキが内陸を踏査し、ラムサを作った。
40万年前 長期の間、氷河期が地球規模に広がった。エンリルが地球に到着し、ニップールに派遣団司令(宇宙飛行管制)センターを作った。 
36万年前

アヌンナキが金属を溶解し精製するため冶金(やきん)工場を建設した。 
ジッパールをはじめとする神々の都市に、宇宙港
が作られた。

30万年前 アヌンナキの反乱。人 ― 原始人がエンキとニンハルサグによって作られた。 
25万年前 初期のホモ・サピエンスが多数、大陸に移住した。 
20万年前 新氷河期の間、地球上の生命が後退した。 
10万年前 

気功が再び暖かくなり始めた。 
神々の子たちは人間の娘を妻に迎えた。

7万7000年前  聖なる親から生まれた人間ウバルツツとラメクがシュルバクで、ニンハルサグの庇護の下、統治を始めた。 
7万5000年前 地球受難の時代 ― 新氷河期が始まった。退化した人間が地球を放浪していた。
4万9000年前  忠実な下僕ジウスドラ(ノア)の統治が始まった。 
3万8000年前  7期間も続いた過酷な気候で人が死に始めた。
ヨーロッパのネアンデルタール人は滅び、クロマニョン人だけが近東の地域に生き延びた。 
エンリルが人間を抹殺しようとした。
 1万3000年前 アヌンナキは、第12惑星の接近が引き金となる洪水が来ることを知っていながら、人間には知らせず、滅亡させてしまおうと誓った。
大洪水が地球を襲い、氷河期が突然終わった。 

 

考古学者ゼカリア・シッチン
古代シュメールの粘土板の解読より一部抜粋

 

下記の文章は、旧約聖書(ヘブライ語)や古代シュメール粘土板を読み解いていくことで、人類創造とは? 神々とは?を解明出来る参考文章のひとつになるのでは!との思いで記載させて頂きます。

第1章 
遺伝子操作による人類創造
― 宇宙人はエデンの園でアダムとイブをこうして誕生させた ― 

聖書には、エデンの園にとりまく四つの川が登場する。その名は、ピション川、ギホン川、ヒデケル川、プラス川。
ヘデケルとプラスは、今のチグリスとユーフラテスだ。ところが、不思議なことに、ピションとギホンに当たる川は発見されていない。
この章では、これら「幻の川」の正体を科学的に解明してご覧に入れよう。

人間の究極の体験は「神々との遭遇」である。
それは、モーセがシナイ山で主に見えたように、命あるものによって至高の出来事であり、エジプトのファラオたちが神の住居で神々とともに過ごす不滅の来世を夢見たように、死に際しての最終目的である。

古代近東の経典や文献に記されている「神々との遭遇」の記録は、他にも類のない素晴らしい歴史物語を繰り成している。一方では崇拝と献身、真理と道徳をうたい、もう一方では愛と性、嫉妬と殺人を取り上げ、宇宙に舞い上がり地獄へ旅する、まさに天と地をまたに掛けた、一つの力強いドラマだ。舞台に登場するのは神々、女神、天使、半神、人間、人造人間。予言や幻想の形をとって、夢や全長、神託、啓示が語られる中、創造主から分かたれた人間が、神との太古の「へその緒」を回復し、そうすることによって願いをかなえようとする物語である。

人間が最初に体験したこと、という意味においても、「神々との遭遇」は究極の体験といえる。神が人を創造したまさにその最初の瞬間に、人は神と出会ったのだから。旧約聖書(ヘブライ語聖書)の創世記は、最初の人間「アダム」が創られた経緯を、こう記している。

ここで、神はこう仰せられた
「われわれにかたどり、われわれに似せて
人間をつくろう」・・・・・・
神はご自身にかたどってアダム(人間)を創造された
神はエロヒムにかたどって創造された

生まれたばかりの、まさにその瞬間に、人間が初めての「神々との遭遇」の本質や重要性に気付いたとは思われない。アダムがその後の一連の遭遇について完全には意識していなかったことは、次のことからも明らかである。主なる神(創世記ではヤハウエ)がアダムのために女性の伴侶を創り出そうと決めたくだりにもこうあるのだ。

ヤハウエ・エロヒムはそこで
アダムを深い眠りに落とされた。人間は眠りに入った
神は人間のあばら骨の一本を取り出し
肉をもとのように閉じた
ヤハウエ・エロヒムは、
アダムから取り出したあばら骨で女をつくった 

つまり、はじめての人間は一連の処置が行われている間、麻酔をかけられていたのだ。そのために、主なるヤハウエが外科手術の手腕を振るった、この重大な「神々との遭遇」に気付かなかった。

何が起こったのかアダムが理解できたのは、主たる神がすぐに「女を男のものに連れてこられた」からである。聖書にはここで、なぜ男性と女性が結婚して「一つの肉」になるのか、手短に説明し、この男と妻は「裸であったが、恥ずかしがりはしなかった」と述べている。男と女の仲人役の神も、別段、人間が裸でいることを気にかけていないようなのに、なぜ聖書は裸とは時について執拗に記述しているのだろうか? 「野の獣と空の鳥」といった、エデンの園を歩き回る他の生き物たちが服を着ていないのに、いったい何がアダムとイブが裸でいることを恥じいらせるというのか? それは、アダムを創り出すモデルとなった者たちが服を着ていたからではない出そうか? この点に留意したい。これは聖書が何気なく記した手がかりなのだ。 

後にも先にも、アダムとイブがまさに地球上の初めての人間であり、初めて「神々との遭遇」を経験した人間である。エデンの園でおこったことは、今日に至るまで、我々人間の憧れである。選ばれた預言者たちでさえ、エデンの園でのように神に直接話しかけられる特権を熱望しているに違いないのだ。エデンの園では、神が初めての人間に、何を食べたらよいか、直接話しかけている。彼らはそののすべての果実を食べられた。智慧の樹の果実以外は! 

楽園からの追放に至る一連の出来事は、不変の疑問を投げかけている。それは、アダムとイブがどうやって神の言葉を聞いたのか、ということだ。神は「神々の遭遇」の時に、どうやって人間たちとコミュニケートするというのだろうか。人間たちは神である話し手を見ることができるのか、あるいは単にメッセージを聞くだけなのか? そして、そのメッセージはどのように伝えられるのだろう。。面と向かっていないのか、テレパシーによってなのか、あるいはホログラフィーの映像によって? 夢という媒体を通してだろうか? 

答えを見つけるためには、古代の証拠を検証すべきだろう。エデンの園での出来事に関する限り、聖書は、神が物理的に実在したことを示唆しているが、その場所は人間本来の生息地ではなかった。それは、神の住まい、「東のエデンに」計画的に植林された果樹園であり、神はそこに「耕し、管理するため」の庭師として仕えさせるべく、「自分が形づくったアダムを投入した」のである。

アダムとイブが神の蛇にそそのかされて、「賢くなる」知恵の木の果実を食べた後に自分たちの性別を発足したのは、この園でのことである。その禁じられた果実を食べて、「彼らは自分たちが裸であることを知り、そして、イチジクの葉を縫い合わせて前掛けをこしらえた」のだ。ここで、主なる神(ヘブライ語聖書ではヤハウエ・エロヒム)が舞台に登場する。

さて、彼らは日中のそよ風のとき
園を歩かれる主なる神の足音を聞きつけた
そこでアダムと彼の妻は主なる神の御前をさけて
園の木々の間に逃げ隠れた 

神は、エデンの園に物理的に存在し、人間たちは神が園を散歩するお音を聞くことが出来たのだ。では彼らはその髪を見ることができたのだろうか? 聖書の物語は、この点について触れていないが、神が彼らを見ることができたこと(この場合はアダムとイブが隠れていたため見ることができなかった)は明らかである。そこで神は彼らに届くように声を使ったのだ。「そして主なる神はアダムを読んでこう言われた。あなたたちはどこにいるか?」

3人の対話はさらに続くのだが、この物語は非常に重要な問題を多く提起している。まず、アダムというものが最初から話すことができたことを示しており、神と人がどうやって(どの言語で)話をしたかという疑問が浮かび上がってくる。さしあたっては、聖書の物語を順に追ってみよう。神が近づいてくる音を聞いて「私は裸なので」隠れました、というアダムの説明を聞いて、神は人間の夫婦に質問をすることになる。それに続く会話の中で、真実が露見し、禁じられた果実を食べた罪が告発されるのだ(アダムとイブは、その行為を蛇のせいにして言い訳した)。そこで、主なる神は懲罰を宣告する。女は苦痛の中で子供を産み、アダムは食べ物を得るために骨を折り、額に汗して生計を立てねばならない、と。

この時まで、遭遇は明らかに面と向かってのものである。とういのも、ここで主なる神はアダムと彼の妻に皮の衣を作ってやるだけでなく、それを着せてやるのだ。読む者に、「神」のように服を着ていることの受容性、もしくは人間と野獣とを分ける主要な要素として、着衣を印象付けているのは疑いようもないが、この聖書上の出来事を単に象徴的に扱うべきではないだろう。それに明らかに、最初、アダムがエデンの園にいた時、人間たちは彼らの創造主と直接、面と向かって遭遇した、ということを我々に知らせているのだ。

ここで不意に、神は心配し始める。ヤハウエ・エロヒムは名前の記されていない仲間の神々に再び話しかけ、「もはやアダムは善と悪を知り、われわれの一人のようになってしまった。彼が生命の木にも手を伸ばし、それを食べて永遠に生きるようにならないだろうか?」と心配するのだ。

このように、聖書の話の焦点があまりにも唐突に次へうつるため、その重要性をうっかり見落としてしまいがちだ。創造、出産、住居、犯罪など、人間のことを扱っていたと思ったら、突如として種の心配事に話をうつす。その過程で、ほとんど神に近づいた人間の性質がもう一度強調されている・・・・・・。

アダムを創り出そうという決定は、創造主たる神々に「似せて、そのイメージで」形作ればよいという助言をうけて下されたものだ。その結果の生き物、つまりエロヒムの手作業の作品は「エロヒムの生き写し」に生まれた。そして、今、知恵の果実を食べて、人にさらにもう一つ決定的な点で神のようになったのだ。神の視点から見てみると、不老不死の特権を除いて「アダムはわれわれの一人のようになった」のである。そこで、アダムとイブをエデンの園から放逐し、人間たちが帰ってこようとしても入らせないように「回転して火を吹く剣」を携えたケルビム(天使童子)に警備をさせる、という決定が(神々の)全員一致で承諾された。

こうして、人を世に送り出した、まさにその主が、人の死すべき運命を決めたのである。しかし、人は剛胆にも、それ以来「神との遭遇」という経験を通して、不老不死を探し求めたのだ。これは本当に起こった出来事の回想なのか、それとも単なる神話に基づいた幻想物語なのだろうか? 聖書の物語のうち、どれくらいが真実で、どれくらいがフィクションなのだろう? 

聖書には、初めての人間たちの創造に関しての部分にいくつかのバージョンがあること、そして、創造主(たち)を示す複数形のエロヒム(神々)と単数形のヤハウエ(神)が入れ替わっていることは、ヘブライ語聖書の編者たちも改訂者たちの目の前に、この主題を扱っている。より初期の原典がいくつか存在していたことを示す兆候のひとつとなろう。実際、創世記の第5章の出だしで、アダムに続く数世代の簡単な記録は「アダムの系図の書」(「ヘロヒムが自分に似せてアダムを創造した日」という一筋で始まる)をもとにしていると述べているし、民数記第21章14節ではヤハウエの「戦いの書」に言及している。ヨシュア記第10章13節では、数々の超自然的な出来事の詳細については「ヤシャルの書」を参照するように読者にすすめている。「ヤシャルの書」はサムエル記下第1章18節にも原点として挙げられている。しかし、これらは、さらにもっと初期の貴重な文献が大規模に発見されたことに比べたら、些細な事柄にすぎない。天地創造の物語、大洪水とノアの箱舟の物語、アダムからノアまでの大祖たちの物語、出エジプトの物語など、ヘブライ語聖書(旧約聖書)の信憑性は、19世紀に疑いの目にさらされたが、その懐疑主義と不信の多くは、すぐに沈静化された。聖書上の記録とデータを逆方向に、近い過去からより初期の時代へとさかのぼらせ、有史を通り越して有史前の時代まで確証づけた考古学的発見によって、聖書が正しいことが次々に証明されていったからだ。エジプトとアフリカのヌビアからアナトリア(今日のトルコ)にあるヒッタイト遺跡まで、西は地球海沿岸とクレタ、キプロス(今日のイスラエル)を取り囲むようにカーブする肥沃な三日月地帯の国々において、次から次へと(多くはそれまで聖書のみで知られていた)古代の遺跡が発掘され、粘土板やパピルスに記された文章や石壁や記念碑に掘られた碑文が、聖書にあげられた王国や王たち、出来事、都市を生き返らせたのである。さらに、多くの場合、ラス・シャムラ(カナン語のウガリット)や、もっと最近ではエブラのような遺跡で見つかった文章は聖書が頼ったものと同じ原典に通じていることを示した。

とはいえ、古代近東のイスラエル人の隣人たちの文書は、ヘブライ語聖書の一神教の制約に邪魔されずに、聖書上のエロヒムの正体とその名前を「われわれ」と複数形で綴った。それによって、これらの文書は、有史前の時代のパノラマを鮮烈に書き出し、様々な「神々との遭遇」における神々と人間との魅惑的な記録の幕を開けるのだ。

本格的な考古学的発掘が「川と川(チグリス川とユーフラテス川)の間の国」メソポタミアで150年ほど前に始まるまでは、旧約聖書のみが、アッシリアとバビロニアの帝国、それらの巨大な都市、傲慢な王たちについて伝える唯一の情報源だった。この発掘により以前の学者たちは、聖書の記述をそのまま信じて、3000年前に大帝国が実在した、との結論に達した。また、王権がニムロド(「ヤハウエの恩寵を受けた力強い猟師」の意)から始まり、その首都が「シンアルの国」にあった、と信じていた。聖書には、人類が泥煉瓦を使って「天にも届く塔」の建設に乗り出したという、驚くべきバベルの塔の記述もあった(創世記11章)。この場所は「シンアルの国」の平地であった。

その「架空の」土地が見つかり、その都市が考古学者たちによって掘り出され、その言語と文書がヘブライ語の知識と親言語であるアッカド語の助けによって解読され、その記念碑と彫像と美術品が世界の主要な博物館に秘蔵された。今日我々はこの国をスメールSumerと呼ぶが、その民はそれをシュメールShumer(「守護者たちの国」)と呼んでいた。聖書の創世記の物語と古代近東の「神々の遭遇」の記述を理解するためには、古代シュメールにたちかえる必要がある。なぜなら、これらの出来事の記述が始まったのは、シュメールだったからだ。

シュメール(聖書のシンアル)は、大洪水の後に一挙に芽吹いた、知られている限り、人類にとって初めての、そして完全に実証された文明である。ほとんどづべての「最初」を人類にもたらしたのだ。それは、(前述したように)初の煉瓦造りや初めての窯だけではなく、初めての高層の寺院や宮殿、始めたの僧侶や王たち。初めての車輪、初の炉、初の医学や薬学、度量衡。初めての音楽家や踊り手たち、職工や職人たち、商人や隊商たち、法典や裁判官たちなどであった。最初の天文学者たちと観測所もあり、初の数学者たちもいたのだ。そして、その中でもおそらくもっとも重要なものもそこにあった。はやくも紀元前3800年に書くことが始まり、シュメールでは、その最初の初期たちが神々と人間たちの驚くべき物語を(図1の「人の創造」の平板のように)楔型文字で粘土板に記した国となったのだ。学者たちはこれらの文書を「神話」とみなしている。しかし、われわれはそれを本質的には実際起こった「真実の記録」と考える。

考古学者たちの懸命な鍬はシンアル/シュメールの存在を確かめただけではなかった。聖書の天地創造と大洪水の物語と酷似したメソポタミアの古代文書を白日の下にさらしたのである。1876年、大英博物館のジョージ・スミスはニネベ(アッシリアの首都)の王位図書館で発見された壊れた石板をつなぎ合わせ、著書『カルデアの創世記』を出版して、聖書の天地創造の物語が、それより約1000年も前にメソポタミアで最初に書き記されたことは疑う余地がないことを示した。

1902年、同じく大英博物館のL・W・キングは『天地創造の七つの平板』として、古代バビロニアの言語で、七つの粘土板からなる膨大で詳細にわたる文書全部を出版した。「創造の叙事詩」あるいはその最初の文句から「エヌマ・エリシュ」として知られているその最初の6枚の粘土板は天と地球、そして人間を含めた地球上のすべてのものの創造を描写しており、聖書の創造の6日間という「日にち」と一致している。7番目の粘土板は、自らの驚くべき作品を見渡すバビロニアの最高神マルドゥクを賛美するのに費やされている(神が「すべての仕事を休んだ」7日目の「日」という聖書の記述と類似している)。今日、学者たちはこの文章を含め、他のアッシリア語とバビロニア語版の「神話」が、それ以前のシュメール語の文章を(アッシリアとバビロニアの最高神を称えるように修正して)翻訳したものだということを知っている。歴史は、偉大な学者サミュエル・N・クレーマーによる1959年刊行のすぐれた解説書のタイトル通り、「シュメールで始まった」のだ。

 すべては、様々な文章から学んだように、太古の昔、50人のアヌンナキ(文字通りの意味は「天から地球へやってきた者たち」)の一団がぺルシャ湾かアラビア海に着水して始まった。彼らは才能あふれる科学者エア(「水の家の彼」)の指揮のもと、歩いて上陸し、地球に初めての植民地を造り、それをエリドゥ(「遠くに建てた家」)と呼んだのだ。訪問者としての使命に従事するために、他の移民たちが続いた。その使命とは、ペルシャ湾の海水を蒸留してき金(きん)を得ることであった。このアヌンナキの母星(ニビルと呼ばれた)では、減少する大気を、金の粒子をエアゾル状にしたシールドにして保護するために、金が差し迫って必要だったのだ。遠征隊が拡張され、作業が始動すると、エアはエンキ(「地球の支配者」)というさらなる肩書き、あるいはあだ名を獲得した。

しかし、すべてが上手くいったわけではない。海水からの蒸留では母星に必要な金は十分に得られなかったのだ。すぐに計画の変更が決まり、金を得るために過酷な方法が命じられた。アブズ(南東アフリカ)で採掘する方法である。さらに多くのアヌンナキが地球に到着し(最終的には600名を数えた)、別のグループであるイギ・ギ(「観測し見る者たち」)は、空中に留まってシャトルと宇宙船、宇宙ステーションを操作していた(彼らの人数は、シュメールの文書が断言しているところでは300名)。今回は絶対にしくじらないようにするために、ニビルの統治者アヌ(「天空の聖なる者」)はエンキ/エアの異母弟であるエンリル(「指揮権の支配者」)を地球へ送った。彼は厳格な規律励行者であり堅実な管理者であった。そして、エンキがアブズでの金鉱石の採掘の監督に左遷され、エンリルがエディン(「正義の者たちの家」)にある七つの神々の都市の指揮を受け継いだのだった。このエディンは、40万年以上も後に、シュメールの文明が花咲いた場所である。神々の都市は、それぞれ特定の機能を担っていた。指令コントロールセンター、宇宙空港、冶金(やきん)センターといったもので、エンキとエンリルの異母姉族であるニンマフ(「偉大な女性」)の監督下には医療センターさえもあった。

『地球年代記』のシリーズ第1巻~第5巻の中で指示し、分析した証拠によって、惑星ニビルの巨大な楕円軌道は、地球の年で3600年周期であることが判明している。そしてこの3600年という期間は、シュメール語でサールと呼ばれたのだ。「王のリスト」と呼ばれる有史前の時代についてのシュメールの記録は、アヌンナキに当てはめられた時の経過をサールで測定している。これらの文書を掘り出して翻訳した学者たちは、任命されたアヌンナキ司令官たちの勤務期間の長さがほとんど「伝説的な」あるいは「空想的な」ものであることを発見した。個々の「治世」は2万8800年、あるいは3万6000年、4万3200年におよぶものさえあったのだ。しかし実際に、このシュメールの「王のリスト」は、司令官が植民地を8、あるいは10、12サールの間預かっていた、と述べている。地球の年に換算すると、これらは2万8800年(8x3600)などという「空想的な」数字となる。しかしアヌンナキの言葉では、彼らの年にしてほんの8年か10年であり、完璧に筋の通った(短くさえある)時の長さなのだ。

その点で、サールには古代の「神々」の見かけ上の不死の秘密が横たわっているのだ。1年とは、定義によれば、「そのものが住む惑星が太陽のまわりを1周する軌道を完成させるのに要する時間」である。ニビルの軌道は地球の年にして3600年続くが、しかしニビルに住む人たちにとって、彼らの年のたった1年にすぎない。シュメールと他の近東の文書は、これら「神々」の誕生と死の両方について言及している。ただ人間(Earthlings:文字通りにはへブライ語でアダム ― 「地球の彼」 ― を意味する)の目から見ると、アヌンナキは実際上「不老不死」なのである。

アヌンナキは、大洪水よりも120サール前に地球にやってきた。つまり、地球の年にして、自然の法則を超えた分水線の出来事、あの大洪水より43万2000年前である。アヌンナキがやってきた時、人、アダムはまだ地球に存在していなかった。アブズに送られたアヌンナキは、40サールの間、金の採掘に骨を折ったが、それから彼らは反乱を起こしたのだ。「アトラハシスの叙事詩」と呼ばれるアッカド語(バビロニア語、アッシリア語、そしてへブライ語の祖語)のある文書には、その反乱と原因が鮮明かつ詳細に記述されている。エンリルは、このアヌンナキに引き続き採掘をさせ、反乱の扇動者たちへの懲罰を要求した。エンキは寛大だった。アヌは意見をあおがれたが、彼はこの反乱者たちに同情的だった。この袋小路はどのように解決されたのだろうか?

科学者のエンキが解決策を見いだした。「原始的な労働者を創ろう」と彼は言った。それに重労働を肩代わりさせるのだと。他のアヌンナキのリーダーたちは疑問をぶつけた。どうやってそんなことができるのか? どうやってアダムを創り出すというのか? エンキは次のように答えた。

あなたたちが口に出したその生き物は存在しているではないか!

彼はその「生き物」、地球での進化の産物である猿人を南東アフリカ、「アブズの上流」で見つけたエンキは付け加えた。それを利口な労働者にするために我々がしなければならないのは、それに神々の姿(イメージ)を結びつけることである。

会合に集まった神々(アヌンナキのリーダーたち)は熱狂して賛成票を投じた。エンキの助言で、彼らは主任医師であるニンマフをこの任務を助けるために招喚した。「あなたは神々の助産婦役である」。彼らは言った。「人間を創造せよ! くびきを負う異種を混ぜ合わせたものを創造せよ、彼にエンリルからあてがわれたくびきを負わせるのだ、その原始的な労働者に神々のための労役をさせるのだ!」

創世記の第1章で、こうした決定を導いた会議のことは次の一節に要約されている。「そしてエロヒムは言われた。われわれに似せて、われわれにかたどって(我々のイメージで)アダムを創ろう」。そして、集まった「われわれ」の同意を暗にほのめかせて、その仕事は実行された。「そしてエロヒムは自らにかたどってアダムを創られた。エロヒムをかたどって彼はアダムを創ったのだ」 

イメージという言葉―――存在する「生き物」をアヌンナキの望むレベル、つまり「知ること」(子をもうける能力)と不老不死を除いた能力に引き上げることができる要素あるいはプロセス―――は、その存在する「生き物」がどんなものだったかを知ることによって、最もよく理解できるだろう。他の文書(たとえば学者たちが、「家畜と穀物の神話」とだいしたもの)には次のように説明されている。。。つづく。 

・・・抜粋終了

ゼカリア・シッチン氏著『12番惑星ニビルからやって来た宇宙人』
第1章 遺伝子操作による人類創造 P19~P34より抜粋

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